さて、今回は(も?)ブログのタイトルに反してプログラミングは全く関係ない記事です。すみません。
1年ほど前、自作で電源装置を作りました。電源装置を作ったら当然負荷テストをしたくなりますよね。ということで、当時はセメント抵抗を何種類か買ってきてテストしていたのですが、抵抗値を変えようと思ったら繋ぎ変えが必要ですので、徐々に負荷を変化させていくということができません。思えば、この時から電子負荷装置が欲しかったのですが、ひとまずは電源装置も安定して動作しておりましたので特にその熱は一旦引いていました。
ですが、最近、日本橋の共立電子に行ったところ、 特設コーナーでスイッチング電源が安売りしていました。5V6Aが550円、12V9Aが1200円など、比較的高出力なものもかなり手ごろな値段で売っております(8月末~9月頭にかけての情報です。特売ですので、いつ行っても買えるとは限りません)。
最近日本橋の共立電子で叩き売りしているスイッチング電源。手前から5V6A、3.3V10A、12V1.2A。値段はそれぞれ550円、440円、220円。 pic.twitter.com/x3jIeQQJpl
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) August 23, 2020
今日買ってきた電源、12V9Aとかいう100W級でたったの1200円という。 pic.twitter.com/H2d3GT8Fk1
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) September 5, 2020
普段は弱電ばっかり扱っている私ですので、たった数十Wでもパワみを感じて衝動買いしてしまいました。ですが、これだけ高出力な電源の性能を十分に発揮できるだけの負荷が手元にありません。
ここから、1年ほど前の「電子負荷装置」の熱が自分の中で再燃し、せっかくなので作ることを決意しました。
回路設計
電子負荷装置もいろいろなものがあります。商用レベルだと、数百Wとか数kWとかを消費でき、その上、その電力を電力系統に回生するようなものまで売っています。そういうものを自作するのは流石にレベルが高すぎますので、ここは簡単に数十W程度を消費できる単純な負荷を用意することとしました。
モードとしては、定電流モードと定抵抗モードを想定します。定電流モードは入力電圧にかかわらず電流を一定に保つモード、定抵抗モードは入力電圧に比例した電流を流すモードです。名前の通りですね。
この回路は、かなり簡単に作ることができます。オペアンプの基礎が分かっていれば、下記回路には何も説明はいらないでしょう。
たいてい回路図には現れませんが、オペアンプのLM358の電源は12V側から取っています。LM358は2回路入りなので、使わない側は周辺回路と容量結合とかして発振しないよう、適切に接地等してあげましょう。
SW1が定抵抗モード/定電流モードを切り替えるスイッチ、SW2がレンジのスイッチですね。
定電流モードで最大約10Aを流すことを想定しているので、オペアンプの+入力が最大約1Vになるよう抵抗値を調整しました。電源側ににさらに条件を付ければ外部電源無しでも作れますが、それは嫌だったのに加え、電源が必要な電圧/電流計を使用することにしたので外部電源を使うようにしました。
熱設計
電圧、電流、許容損失
さて、上記の通り回路は超シンプルで簡単です。電子負荷装置を作る上で最も難しく、コストもかさむのは熱処理です。
例えばサンケン電子製の2SK3711のデータシートを見ると、定格電圧が60V、定格電流が70Aです。
(2SK3711のデータシートより引用)これだけ見ると、12V10Aくらい余裕のよっちゃんに見えます。
ただ、電子負荷装置は、この12V10AすべてをこのFETで受け止めることになります。たいていのスイッチング用途は何か別の負荷がドレインにつながっていて、それをFETでON/OFFするだけなので、FET自体にかかる電圧は低く、FETそのもので消費する電力もそこまで大きくはなりません。しかし、今回の用途ではすべての電力をFETで受け止めることになります(大事なことなので2度言いました)。
ですが、許容損失は130Wと、12V10A=120Wの損失を発生させても大丈夫そうです。ただし、チャネル温度を150℃以下に抑えられるならね。
そう、一番厳しいのはここ、チャネル温度なのです。定格電流にも定格電圧にも達していなくても、チャネル温度が150℃を超えたらFETが焼け切れてしまうのです。
熱抵抗
熱抵抗というパラメーターがあります。単位はK/Wです。熱伝導率の逆数ですね。「何Wの熱を流すのに何K温度の差が付くか」という物理量です。電気抵抗も「何Aの電流を流すのに何Vの電位差が付くか」という物理量ですね。そのアナロジーで考えると簡単です。
例によって2SK3711のデータシートを見ると、過渡熱抵抗θj-cが定常状態で0.95℃/Wくらいです。過渡熱抵抗と言うとわかりにくいですが、下付き文字の「j-c」は「ジャンクション-ケース間」の意味と思われます。すなわち、チャネルで発生した熱をケース(=FETのパッケージ)に伝えるのにどれくらい温度差が付くか、ということですね。
0.95℃/Wということは、たとえば120Wの損失を作るとチャネルとケースに120×0.95=114℃の温度差が付きます。 超強い放熱器を付けて、ケースを30℃に抑えたとしても、チャネル温度は143℃となり絶対最大定格のぎりぎりとなります。
一方で、例えば東芝製TK70J20Dならば、チャネル-ケース間熱抵抗が最大0.305℃/Wです。先ほどと同じく120Wを消費したとしても、チャネルとケースは36.6℃しか差が付かないということになりますね。これならば少し弱い放熱器を付けて、ケースが110℃くらいまで上昇してしまっても絶対最大定格を超えることはありません。さすが、値段が高いだけありますね。放熱特性が高性能です。
このように、大きな電力を消費させるFETの場合、電流や電圧といった特性よりも何よりも、このようにチャネル温度が最も設計上のボトルネックとなります。
ケース選定
ヒートシンク付きケース
さて、放熱がどれほど重要か、という話をしましたが、そこで重要になってくるのが放熱器です。例えば共立電子ではジャンク扱いでクソデカ放熱器が売っていたりしますが、ちょっとこれはネタすぎてカッコよくないですよね。
今回はタカチ製のヒートシンクアルミケースのEXHシリーズを採用しました。パネルの大きさ、熱抵抗などからEXH14-5-19BBを選択しました。熱抵抗2.27℃/Wです。ちなみに黒アルマイト品のほうが値段が少々高くつきますが、放熱器は黒のほうが黒体放射で冷却性能がやや高いらしいです。ほんとかよ。
このケースだけで値段が5000円程度してしまいます。回路だけだと1000円も出せば十分に組み立てられてしまうのに、ほんと、「電子負荷装置の自作は放熱機構の自作である 」という感じですね。
なお、このケース、放熱器側にナット用の溝があり基板を取り付けることができます。表面にネジ穴を出さないスマート設計ですね。
(カタログPDFより引用)電子負荷装置完成した。 pic.twitter.com/xM76PTfZFV
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) September 3, 2020
アルミ板を用意し、そこにFET、シャント抵抗、基板を固定しケースに取り付けました。良い感じです。
アルミ板と放熱器の間の空間
さて、この取り付け方、カタログPDFに書いてある通りなのですが、いかんせん、放熱器への熱が流れるルートが少なすぎます。アルミ板とケースが接しているのはナットのレール部分のみ、放熱器本体とアルミ板の間は空気です。空気はかなり熱抵抗が大きな素材です。これでは、効率よく熱を逃がせません。
そこで、間を熱伝導率の高いもので埋めることを考えました。調べていたところ、ワイドワーク製の放熱ゴムというものを見つけました。図面上は隙間が6mm程度ですので、12mm厚のものを購入しました。潰して半分くらいの厚さにできるかなと思いましたが、硬く無理だったので、ハサミでカットして使いました。
熱伝導率2.4W/m・Kなので、面積100mm×100mm(=0.01㎡)、厚さ6mm(=0.006m)とすると2.4×0.01/0.006=4W/Kになります。逆数を取れば熱抵抗で、0.25K/Wとなります。ケースの熱抵抗は2.27K/Wなので、足して2.5K/W程度となります。これで、そこそこの放熱環境を整えられたと言えるでしょう。
耐久テスト
自然冷却
さて、調子に乗って電流を流すと次々とFETが焼けていくんですねえ。さらに、チャネル温度が限界突破して焼けた場合、ドレイン―ソース間がショートモードで故障するらしく、あまり良くない状況になります。
最終的に、TK70J20Dを使って連続30W運転程度が落としどころとなりました。
自然放熱30W連続動作試験 pic.twitter.com/WkwdUfdvTb
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) September 8, 2020
チャネル―外気間の熱抵抗を3K/Wとすると、30Wで約90℃の上昇となります。気温25℃なら115℃ですね。理論値はこうですが、いろいろと挟んでいるものもあるはずですので、まあこの辺が現実的な解かと思います。
強制空冷
もっと冷やしたくなったら強制空冷ですね。ケースの上にサーキュレーターを置いて、ガンガンヒートシンクを冷やしてみました。
80W pic.twitter.com/iw5cUY0wWM
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) September 13, 2020
80Wまでなんとかもちました。チャネル温度と気温の温度差を125℃とすると熱抵抗1.56K/Wです。もうすでにこの時点でケースの自然冷却時の熱抵抗を下回っています。さすが空冷ですね。一説によると、熱抵抗が1桁以上変わるんだとか。
ちなみに、90Wにしたら焼けました(◞‸◟)
うーん、90Wは無理だったか…
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) September 13, 2020
こうやってみると、TDPが100Wを超えるようなCPUも普通にありますが、その性能をフルに発揮するヒートシンクって実はなかなかに大変なものなんでしょうね。
まとめ
というわけで、電子負荷装置を自作しましたが、話の中心は電気的なところではなく熱的なところとなりました。まあそれも予定調和ですね。
前半のほうに少し触れた電力系統への回生機能を持った電子負荷装置は、単にエコだけでなく、このような強烈な放熱機構の必要性という面からも非常に重要なもの、ということですね。数百Wも放熱するような電子負荷装置を作るとしたら、一体どれだけ大きな放熱機構が必要になることやら。
おまけ
デカール貼り
今回、レンジとモードのスイッチを持っていて表記を作らないとわかりにくいことから、デカールを用意して貼り付けました。
小さいころから鉄道模型はやっていたのでインスタントレタリングこと「インレタ」は何度かやったことがあったのですが、デカールはたぶん初めてでした。
難しいですね。小さい文字なんか、器用に貼ろうとしてもどうしても傾いてブサイクになってしまいます。
電子負荷装置のデカール貼り終わった。 pic.twitter.com/ASxoGhFBLA
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) September 6, 2020
殉職したFETの方々
今回、実際どの程度FETが持つのかということを知りたくて、FET焼く覚悟で高負荷をかけて実験しました。これらのFETの死は無駄ではなかった…と信じたいです。どうか、来世ではスイッチング電源にでもなって活躍されますように。
きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだぜ。 pic.twitter.com/jL6BoaDWN1
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) September 8, 2020
彼はまあもったほうだった。背中の金属が溶け出していたようだけど。 pic.twitter.com/HjCpjztfpT
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) September 8, 2020
FET交換の工夫
最初はFETをはんだ付けしていたのですが、だんだんとそれ自体が面倒になってきます。だってすぐに焼けるんだもん。
ということで、端子台を用意し、はんだ付け不要でFETを交換できるようにしました。
FETが焼けてもいいように端子台化した。 pic.twitter.com/QQ4JDeoUf7
— あつまれ金太郎の森 (@EH500_Kintarou) September 8, 2020